ホントのトコロ~獣医師チップ先生のコラムで正しい知識を~
小動物医療の現場 ~高度医療とホームドクター~ | 2007/4(vol.6)
今回は私の考えや経験をもとに、猫ちゃんに限らず、小動物医療の現在について話をしてみたいと思います。
みなさんもご承知のように、最近の小動物医療における知識や技術の進歩には目をみはるものがあります。その理由として、開業獣医師と大学病院の先生の連携や協力、努力とともに、学生や勤務医が受ける教育レベルの向上などがあげられます。ただ、それらが可能になった背景として、飼い主さんの知識や意識が向上し、よりよい獣医療に対する要求性が高まったおかげ、つまり社会における小動物医療の必要性や重要性が高まったためだと思います。
私たちは、飼い主さんに治療や検査の必要性を説明し、承諾を受けてから診察を行う必要があります。診察をスムースに実行するには、きちんとした説明や理解しやすい説明を心がけなければなりません。例えば、病気の診断や治療のために実施しなければならないこと、病気の説明や検査の説明、治療を行うことで予測される効果や予後、猫ちゃんに対する負担、費用がどれだけかかるのか、などです。それらについては、ただ説明するだけではなく、猫ちゃんをよりよい状態にしたいという自分の意志が伝わるように話さなければならないと思います。特に自分の持つ知識や考え方によって、治療範囲を制限してしまっている飼い主さんに対しては、きちんとした情報を教えることだけではなく、そういった思いを伝えることで治療や検査の許可が得られることが多いと感じています。そして、猫ちゃんの生活の質を向上させる、いくつかの方法のうち、個々に合った方法を一緒に考えていくことが大切だと思います。最近の小動物医療における技術の進歩は、以前はできなかったことができるようになったというだけでなく、その際に選べる治療法の幅が広がったという意味でも非常に喜ばしいことではないでしょうか。
■最近の高度先進医療■最近では、獣医療でも高度先進医療という言葉を聞くようになってきました。通常、高度先進医療とは、いったいどのような意味で使われているのでしょうか。医療においては、一般の保険診療で行う水準を超えた医療技術に対して用いられる言葉のようです。その内容は様々ですが、それを遂行できるスタッフと、対応できる施設や設備をもつ病院で行われます。その実施には、国の許可や承認が必要になります。
高度先進医療は、その診断や治療方法、リスクや費用にいたるまでを十分に理解された患者さんからの希望があり、なおかつ医師が必要性と合理性を認めた場合にのみ行われるそうです。しかし獣医療においては、高度先進医療に対する厳密な定義はなく、高度な医療機器を用いた専門医による治療に対して使われていることが多いと思います。
小動物診療における高度先進医療の中には、例えば、体外循環下での心臓手術、ペースメーカーの埋め込み、腎臓の移植(今も実施されているのかは不明)、腫瘍に対する放射線治療、腫瘍に対する活性化リンパ球療法、骨に対する再生医療、MRIやCTなどの高度な画像装置を用いた診断、腹腔鏡や内視鏡を使った手術、専用の器具を用いた脳神経外科手術や眼科手術、整形外科手術、その他に各大学での研究に基づいた治療法などがあります。
具体的な話をする前に、小動物診療の現況について少し触れておきましょう。現存する動物病院を分類すると、数人のスタッフで構成されている病院から、より規模の大きい病院、例えばよりスタッフ数の多い病院、より設備の整った病院、より専門性をもった病院、夜間診療を行っている病院などがあり、それに加えて大学病院やそれに相応するような、高度先進医療に対応できる総合病院や専門病院に分けられると思います。
小動物医療における専門性の高い診療科目としては、眼科、整形外科、腫瘍科、循環器科、皮膚科、歯科、神経科、麻酔科、臨床病理科などがあげられるでしょう。その他にも行動や栄養のカウンセリング、代替医療などを積極的に取り入れている病院もあります。それらの診療科目については、今後もより細分化されていく可能性があります。
また、日本には各種の研究会や学会があり、そこでは「認定医」という資格が設置されています。認定医とは、研究会や学会で示された、ある一定の基準を満たした獣医師が得ることのできる資格です。研究や論文投稿の履歴、研究会での実績、日常の診療における実績などが考慮され、場合によっては受験が必要になることもあります。つまり、認定医の資格を持っている先生は専門的な勉強をきちんとしているということになるでしょう。もちろん、資格がなくても、高い技術を有している先生は数多くいます。また、海外でも認められている「専門医」という資格を持つ先生もいます。
大学病院やそれに相応する総合病院では、高度医療機器を用いた専門性のある治療はもちろん、研究段階にある治療も行っています。ただ、それらの病院は全国的に数が少ないことと、スタッフ数が限られているため、一つの施設ではすべての診療科目を補うことができないことが問題点のようです。
さて次に、私の知っている獣医療の現場について、具体的にお話ししたいと思います。
以前に私が勤務していた動物病院は、その地域では比較的規模の大きい病院でした。スタッフ数が多いだけではなく、診療科目全般に、ある程度以上のレベルで対処することができました。この病院では、一定以上の技術を持つ獣医師が何人か集まり、それぞれがある程度の得意分野を持っているおかげで、小規模の動物病院では対処できないような病気に対しても、より総合的な見地からの判断や診断を可能にしていました。もし、大学病院などに紹介する場合があったとしても、紹介先の選択やその間の処置において、より適切な対処ができていたと思います。
知り合いの先生の中には、整形外科を専門にされている方がいます。その先生は、整形外科の勉強をするため、定期的に海外へでかけていきます。そして、知識や技術の集積に基づいた勉強と、それに応じたトレーニングや経験をつんでいます。もちろん、新しい情報の取得にも余念がありません。その病院には、技術に応じた整形外科器械やCT、MRI、関節鏡などの診断装置もそろっています。ある科目を専門的に行っている先生は、診療に対する責任がより重くなるため、現在の自分のレベルや技術をきちんと見極めることも大切なようです。
また他にも、神経を専門にしている先生がいます。ある日私の病院に、ワンちゃんに見られる行動が神経症状なのか、癖なのかが分からないので診察して欲しいという方が来院しました。私の診察では神経症状であることまではわかるのですが、症状が軽度で典型的ではないために、例えばどのあたりの神経を痛めることでこの症状が出ているのか、どんな病気が予測されるのか、これからどのような対処を行っていけばよいのか、などについては答えることが出来ませんでした。そこで飼い主さんはワンちゃんの今後を考えて、私の薦めるこの先生の診察を受けてくれることになったのです。その先生は、「うちの病院にある高度な画像診断装置を使えば、ある程度の病態が分かりますよ。」という単純な答えではなく、より厳密な身体検査を行い、ワンちゃんの年齢や経過を加味することで、いくつかの原因を考えてくれました。そして、それらについての対処方法や検査方法、予後について、様々なパターンを示してくれたのです。その上で、「もし治療を行うとしたら、より確実な診断が必要になります。そのためにはMRI検査と神経誘発電位の検査が必要になるでしょう。」と言われました。私はただ、専門家というのはすごいなあと感心するばかりでした。
以前に私が所属していた大学の講座では、主に循環器の研究、治療に取り組んでいて、先天性の心疾患や後天性の弁膜症に対する外科手術、人工的な血管や弁の設置に関する研究、重度の不整脈に対するペースメーカーの設置、循環器に対する治療薬の効果を確認する研究、などが行われていました。特に外科手術では体外循環装置という、心臓の代わりに血液を送り出す装置を用いて、心臓疾患に対する手術を行っていました。その手術を成功させるためには、執刀する教授だけでなく、手術の助手や麻酔、各種モニターを管理する獣医師、体外循環装置を操作する技術者、周囲の雑多な用事をその状況に応じて迅速に行う補助者についても、ある一定以上のレベルが要求されます。また、手術が無事に終わっても、患者は予断を許さない状態にあるため、夜通しで管理する必要がありました。このような手術では、各人の技術とともに、チームワークが非常に大切になります。また、結果としてコストがかかるため、飼い主さんの負担も大きくなります。もちろん非常にリスクの高い手術のため、すべてが良い経過をたどるわけではありません。しかし、苦しそうな動物が改善する様子をみると、なんてすばらしい治療技術なのだと思わざるをえませんでした。
先進医療のうち、小規模の動物病院でも扱うことのできる治療法として、活性化リンパ球療法があげられます。本来、体内のリンパ球には腫瘍を撃退しようとする働きがあります。そのリンパ球を体外で増やした後、再び体内に戻すことで悪性腫瘍に対する効果を期待する方法です。悪性腫瘍に対する今までの治療は、放射線治療を実施できる施設が少ないこともあり、外科手術と抗癌剤の投与を併用することでした。また、免疫力の向上や生活の質の改善を期待して、サプリメントを薦めることもありました。しかし、それでも経過の思わしくない場合、それ以上の打つ手はなかったのです。そのような場合でも、活性化リンパ球療法を併用することで、さらなる治療効果が期待でき、生活の質をより改善できる可能性があると言われています。最近まで、この治療は特定の動物病院か大学病院でしか受けられないものでした。今回、企業と大学病院、開業獣医師の協力のもと、東京都板橋区に企業病院が設置されることで、私にもできる治療法になったのです。ただ、この治療にも様々なやり方や考え方があり、それらの効果については比較や評価ができるほどの実績がありません。そのうえ、飼い主さんには技術相応のコストがかかります。しかし今、治療法の一つとして定着しなければ、今後も研究の域をでない、一般的ではない治療方法になってしまうでしょう。
さて、順序が逆になってしまいましたが、現在の私の状況と考えについてお話しします。私のように数人で診療を行っている動物病院は、いわゆるホームドクターと言われています。ホームドクターは、飼い主さんとともに、各家庭にあった、動物と人が上手に暮らすための方法を考えていかなければなりません。それには、日常の観察やケアの方法、病気の予防や兆候などについて、飼い主さんへの情報提供が大切です。また、定期的な診察を行うことで、動物が診察に慣れることはもちろん、早期に異常を発見するための手助け、日常の観察やケアの調整などができると思っています。つまり、飼い主さんと一緒に、担当する動物の一生をきちんと見ていくことが大切だと考えています。そのためにも、総合診療における技術の向上を常に意識して、がんばっていこうと思っています。
現在では、今回あげた以外にも、様々な形での小動物医療が提供されています。飼い主さんは、自分の状況や猫ちゃんの状態にあわせて、これらの中からよりよい選択が出来るようになりました。しかし、病気をしてから動物病院を探すことだけは避けるようにしましょう。