ホントのトコロ~獣医師チップ先生のコラムで正しい知識を~

遺伝性の病気Ⅱ ~知っておいてほしいこと~ | 2007/1(vol.5)

先日、ある飼い主さんが猫ちゃん(スコティッシュフォールド)の血統書を持って来院されました。そして、「これは、この子の血統書です。骨瘤という遺伝性の病気があるそうですが、この子はその病気になる可能性がありますか?」と質問されました。僕は「これは血統書です。これを見ても、その病気の遺伝子を持っているかどうかは分からないのですよ。」と答えました。また、「この子の親族についての情報があれば、病気の発症の可能性を予測することもできます。だけど、現時点では病院での検査から病気の遺伝子をもっているかどうかを調べることはできません。その上、もしその可能性があったとしても、それに対する効果的な予防法や治療法も無いのです。」と付け加えました。

飼い主さんの言われる「骨瘤」という病気は、スコティッシュフォールドに見られる骨軟骨異形成という遺伝性の病気の症状です。骨や軟骨は細胞的な破壊と産生を繰り返し、成長期には形や大きさが調整され、その後も正常な形を保ちます。しかし、この病気ではそのバランスがうまくとれず、特に踵部分の骨に変形が見られてしまいます。ただ、その症状が見られる猫ちゃんは、最近少なくなってきたのではないでしょうか。

このような遺伝性の病気を予測するためには、本人や親、祖父母の病歴だけで分かる場合から、それら全ての同腹にいたるまで病歴を確認しなければならない場合など、遺伝や発症の形式によって様々です。また、それらについて実際に調べると言っても、飼い主さん個人の努力だけでは無理でしょう。そのような病気に対して、専門的な治療や研究をされている方もいます。そして、遺伝性の病気をなくそうと活動されたり、遺伝性の病気を減らし、かつよい血統を残そうと努力して繁殖している方々もいます。

現在では、猫の遺伝性の病気についての知識や情報が比較的簡単に得られると思います。遺伝的な病気とはいっても、原因となる遺伝子が判明している病気、遺伝の形式が判明している病気、病気の発症には遺伝子以外の他の要素にも影響をうける病気、遺伝が疑われている病気、特定の猫の種類に多い遺伝性の病気、猫の種類が限定されていない病気、病気の遺伝子を持っていると全て発症する病気、その症状に程度の差がある場合と無い場合がある病気、発症しないこともある病気など、様々です。猫の品種というのは、ある特定の地域だけに見られる血統を大事に維持することで確立されたものや、人為的に作出されてきたものです。そのため、遺伝病の発生率は、自然界におけるものに比べると、どうしても高くなる傾向があるのでしょう。また、遺伝性の病気とは言えないまでも、品種によって好発しやすい病気というものもあります。このような病気に対しては、発生を完全にコントロールできるものではありません。

■全ての猫種に遺伝性の病気を発症する可能性がある■

遺伝的な病気や品種によって多いとされる(好発性の)病気についての知識や情報を持っている飼い主さんは、「うちの猫がもしもこの病気だったら・・・」と考えるだけで不安に思われると思います。遺伝子の検査による診断が一般的ではなく、多くの病気について発症前の診断や予防、発症後の治療が確立されていない現在では、飼い主さんや私のような一般の臨床獣医師は猫ちゃんに対して何をしてあげられるのでしょうか。例えば、

・猫の種類による好発性の病気と、その検査方法について知ること。
・定期的な診察や検査を行うこと。
・もしも、その検査で病気が見つかった場合には、すぐ治療を開始すること。
・明らかに発症が予測される病気や、病気の発症がどうしても心配な場合には、無理のしない範囲で予防処置や日常のケアを行うこと。
・猫ちゃんに子供が欲しいからといって、安易に交配や分娩を行わないこと。
などといったことでしょうか。

猫の種類に限らず、遺伝性の疾患はみられます。ただ、ある猫種に多いと言われる遺伝性の病気には、このスコティッシュフォールドの骨軟骨異形成やペルシャに見られる多発性腎嚢包という腎臓の病気、メインクーンの肥大型心筋症という心臓の病気、アビシニアンの進行性網膜萎縮という眼の病気などがあげられます。これらは優性遺伝であり、親が病気の遺伝子を持っていると、症状の差はありますが、発症する可能性の高い病気です。多発性嚢包腎や肥大型心筋症では超音波検査を行うこと、網膜萎縮では眼底検査を行うことで、症状が見られる前に診断がつくこともあるでしょう。そうすれば、病気の完治は望めないものの、早期に進行を遅らせるための治療が開始できるでしょう。また、検査結果が正常でも、病気が心配な場合には、食餌療法やサプリメントの使用を行うことがあります。

他にも遺伝形式が異なる病気として、ピルピン酸キナーゼ欠乏症や血友病、ライソゾーム蓄積病、先に述べたアビシニアンの網膜萎縮の中で遅発性のものなどがあげられます。これらの病気は様々な猫種でも報告されていますが、いまだ予防や治療方法はありません。

ピルピン酸キナーゼ欠乏症というのは赤血球が弱く壊れやすくなる病気で、貧血を引き起こします。幼猫の時の身体検査や、避妊手術の時の血液検査で貧血が指摘されることが多いようです。 また、血友病は血が止まりにくくなる病気です。乳歯が抜ける際の出血が目立つことや、打ち身やけがをした時の症状から疑われることが多いようです。

ライソゾーム蓄積病は様々なタイプがあり、多くの場合で進行性の神経症状を示します。その他にも様々な全身症状がみられます。動物における有効な治療方法はありません。ただ、人だけではなく、猫でも熱心に研究が行われており、現在は情報が蓄積されているところのようです。
その病気について少し詳しくお話ししましょう。体を構成している細胞の中にはライソゾームと言う器官があり、そこには何種類もの酵素が存在しています。その働きによって、細胞の中に存在するダメージを受けた細胞成分や、細胞内で使用するには大きすぎる物質、感染性の物質などが分解、代謝されます。しかし病気の猫ちゃんでは、ライソゾームの酵素が足りないか、働きが悪いために、それがスムースに行われず、細胞内に分解や代謝されない物質が残って蓄積されてしまうことで症状が発症してしまいます。

また、遺伝や発症にいたる形式が異なる病気には、メインクーンなどに見られる股関節異形成という病気があります。これは成長期に股関節が正常な形にならないために、歩行異常や痛みを伴う病気です。遺伝の他、成長期における栄養や運動、外傷などにも影響を受けます。ただ、猫では症状が見られにくいことも多く、軽症の場合にはX線検査による診断も難しい病気です。大型の猫種では、この病気を意識した、きちんとした身体検査やX線検査が必要になるでしょう。治療は、症状にあわせて、外科治療や内科治療を組み合わせます。予防として、成長期における栄養や運動管理、サプリメントの使用を行うこともあります。

先天的な病気とは、生まれながらに各種臓器の機能が低下していたり、正常な構造を持っていなかったりすることです。これらは、検査をしたり、発症しなければ分からないものもありますが、多くは日常の観察や生後のワクチン接種時の身体検査によって判明します。

また、人気のある種類では、無理な繁殖のために遺伝病や先天性疾患、アレルギー疾患の発生率が増加する可能性があることや、避妊や去勢をしていない猫ちゃんが密集して暮らしているお家では、病気の遺伝子が蔓延してしまう可能性があることを知っておきましょう。そのような場合には、病気に対して弱い個体やスタンダードとは多少離れた体格や容姿の個体が生まれてしまう可能性があることや、本人は発症しなくても病気の遺伝子が受け継がれてしまう確立が高くなることなども知っておきましょう。

■その猫種の特徴が引き起こす病気■

遺伝性といえるのかは分かりませんが、品種に多い病気というものがあります。つまり、その猫種の外観、特有の体型や骨格、皮膚や毛質によって発現率が多くなる病気もあります。以下に例として、比較的普及率の高い猫種を例にあげて説明します。

猫の起源はエジプト猫、つまり暑いところの猫、と言われることから,もともと水や脂肪を保持する能力に長けていると考えられます。そのため、逆に生活環境によっては腎臓の病気にかかりやすくなったり、太りやすくなる(太ると糖尿病や肝臓病などの病気を引き起こしやすくなる。)可能性があります。全ての猫にその傾向があるといって良いと思いますが、例えば、

●アビシニアンやソマリなど、より温暖な国が原産の猫ちゃんでは腎臓の病気に、また、寒い国が原産の猫ちゃんでは肥満に注意すべきでしょう。これらは、適切な栄養や飲水、運動によって予防していきます。もちろん尿の状態や量も注意して観察しましょう。
●長毛の猫の猫ちゃんでは皮膚の病気、例えば糸状菌症などにかかると治りにくい傾向があったり、薄毛の猫ちゃんでは皮膚の外傷や温度変化による体への影響が見られやすかったりします。
●アメリカンカールやスコティシュフォールドなどで、垂れ耳の猫ちゃんは耳の病気に注意すべきです。
●皮膚(特に顔面)にしわの多い猫ちゃんではその間の皮膚炎に注意すべきでしょう。
これらは、環境管理、日常の観察やケアなどによって予防していきます。
●ペルシャやヒマラヤンのような顔の短い猫種では上部気道(鼻、口蓋、喉頭、気管)の異常や負担が見られることがあります。これらについては、部屋の湿度や温度、体重管理に気をつけることと、鼻水の量や質、呼吸の状態を観察することが大切です。
●マンクスのような尾の短い猫では便秘がみられることがあります。
●マンチカンのような足の短い猫や、メインクーンなど比較的大型の猫では関節の病気に注意しましょう。これらについては、歩き方の観察や食餌管理、栄養管理が大切です。ただ、変わった体型でもなく、大きくもないデボンレックスに膝関節の異常がみられることがあるようですから、うちの猫は大丈夫だとは思わず、もう一度、猫ちゃんの動きをよく観察してみましょう。

世界的にも数が多い品種であるシャムやペルシャでは、多くの病気が報告されています。しかし、それは個体数が多いからではないでしょうか。

■猫種によって病気になりやすい部位がある■

●心臓の病気が多いといわれるのは、アメリカンショートヘア、シャム、ペルシャ、メインクーン、ラグドールなどです。心臓の病気は、身体検査や症状の観察(疲れやすい、呼吸が早いなど)と、超音波検査やX線検査などで診断します。
●腎臓の病気が多いといわれるのは、アビシニアン、ヒマラヤン、ペルシャなどです。症状の観察(飲水量の増加など)や尿検査、超音波検査、血液検査などで診断を行います。
●肝臓の病気のうち、門脈体循環シャントという、肝臓の血管に異常がみられる病気があります。肝臓で代謝されるべき物質が蓄積されることで、神経症状を含む様々な症状を示します。ペルシャやヒマラヤンでの報告があるようです。
●筋肉の病気や神経の病気については、品種好発性について知るというよりも、若齢で発症する場合や症状が進行性である場合が多いため、猫ちゃんの行動の変化をきちんと観察することのほうが大切でしょう。

ただし、これまでお話しした全ての病気について、どの猫ちゃんにも十分起こる可能性があるということを知っておいてください。

遺伝的な病気や先天的な病気では、若齢で命を落としてしまう場合から、少しずつ症状が進行していく場合、一生つき合っていかなければならない場合など様々です。また、病気の予防方法や治療方法がなく、発症してしまった場合には、対症的な治療や維持治療しかできないことも多いと思います。その中で、私たちは、私たちができることを考えていかなければなりません。今回お話ししたような最低限の知識だけでも知っていただき、それらを頭に入れた定期的な診察や検査、日常の管理や観察を行うことが大切だと思います。

飼い主さんの知識と考え方、猫ちゃんに対する日常の観察の指針になればと思って今回の話を書きましたが、少しは役に立ったでしょうか。